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富山から帰った翌日、今度は広島へ。土砂災害、大変なことになっているけれども、一刻も早い復旧を祈るばかり。今後はマスコミの報道が一気になくなってしまうかもしれないけれども、復旧はこれからが本番になるのでしょうか。

そして、今週は野暮用で熊本へ。今年2回目。富山以上に8月の天気には恵まれなかったようで、現地の人の話では、まともに晴れたのが2日だけだとか。今回も見事に雨に降られた。異常気象以外のなにものでもない。

秋以降はまともになるのだろうか。

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■ 再び富山

野暮用で富山。2週間振り。今回も天気が悪い。ホントに今年の天気はおかしい。

と言うわけで、Yahoo!の天気情報で過去の天気を調べてみた。過去10年間の天気を見ることが出来る。富山の場合、例年8月は20日以上の晴れマークが並ぶ。27日の時点でみても、一番悪い年でも17日は晴れている。

で、今年。27日の時点で晴れは11日。残りの8月全部晴れたとしても、例年に比べて大幅に晴れの日数は少なくなる。アルペンルートを訪れる観光客もがっかりだったのではないだろうか。

さて、富山、と言えばなんといっても鱒寿司。東京でよく見るのは、鱒の絵の描いてある箱入りのアレ。富山の人に言わせれば、「あれは…ね」てな代物。いくつかおすすめを聞いて、駅の近くで買って帰りの電車で食べてみた。

なんだ、全然違うものじゃないか。鱒寿司のイメージが変わってしまった…。美味しいんだなぁ。鱒も全然分厚い。ペロッと薄いものが乗っているのではないのだ。もう、あの鱒寿司は買わない。

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先日の北アルプス撤退で今夏予定していた大きめの旅行は一応、完遂。縦走できなかったことで、若干の心残りはあるのだけれども、それは自然相手のことなのでしょうがない。

日程は以下の通り。

①6/26~6/29 石垣島と八重山諸島
②7/3~7/6 宮古島
③7/17~7/21 函館、天売島、旭川
④8/2~8/10 ヴェネチアとフランクフルト周辺
⑤8/13~8/16 北アルプス撤退、金沢
       (当初は折立~黒部五郎~新穂高の予定)

沖縄の離島の透明な海、天売島の鳥たち、絵の中に迷い込んだようなヨーロッパの街角、小さな街の小さな教会の小さなコンサート、荒れる夏山等々…色々と心に残る風景があった。

そんな中で、妙に記憶に強く残っているのが、ヴィースバーデンの寿司屋でのこと。

その寿司屋は宿泊していたホテルの近くにあった。昼に通りかかったときは、「あ、こんなところにも寿司屋ってあるもんなんだなぁ」って程度の認識だった。

夜、コンサートが終わって、空腹を抱えて会場から街に出る。時間は21時半頃だろうか。ヨーロッパのコンサートにしてはわりと早く終わったのだけれども、ヴィースバーデンはさほど大きな町ではないから飲食店は悉く閉まっている。駅に行けばスタンドでも開いているかもしれないが、会場からは3㎞程歩かなければならない。「サンドウィッチでも買って、冷蔵庫にしまっておけば良かったかなぁ」と考えつつ、夕食抜きを覚悟してホテルに帰ろうとしたとき、ふとこの寿司屋に最後の客がいるのが見えた。一か八か、入っていいか聞くと、OKだという。案内されて椅子に座ると「日本人ですか?」と聞かれる。

店内は、掛け軸なんかが飾ってあって、和風が演出されているが、流れているのが日本のポップスなので何となくちぐはぐだ。

板前さんとウェイターさんは、パキスタンあたりの国の人だろうか、夫婦のようだったが、よくわからない。女性の方が職人風の服を着て注文した料理を作り始める。とても一生懸命に。外国の人が異国の地で、これほどまでに一生懸命日本の料理を作ってくれる。その姿に思わず心打たれてしまった。注文したのはサーモンいくら丼とこの店特製の巻物。出てきたものは意外と美味しそうだった。これはいけるか…。

真剣な面持ちでその料理を持ってきて、食べてから暫くすると「美味しいですか?」と聞いてくる。もうね、笑顔で「美味しいです」としか答えられなかった。そう、掛かっているたれが甘ダレとも照り焼きソースとも言えない物体だったとしても、だ。

後から考えてみれば、「これは醤油だけでOKだ」と教えてあげた方が親切だったのかもしれない。でも、無理だったなぁ。あの一生懸命な姿を見ると、ね。

そんな主目的とは大きく外れるようなことが印象的だったりする。

 

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13日の午後、富山を目指し、上越新幹線に乗り込む。宵の口に富山到着。上越新幹線は問題なく指定席が取れたんだけれども、特急はくたかは満席。しょうがないので、1本早い電車に乗って、自由席をゲット。恐るべしお盆。

この日はホテルに泊まって、翌朝5時、富山駅前を出発する折立行のバスに乗り込む。以前は予約なしで乗れたはずなんだけれども、今は要予約。んで、満席。

折立までは約2時間の行程。曇天の中、途中、剣岳が見えて、天候に若干の期待を持ってみる。ちなみに、この日からしばらくは、ずっと悪天候の予報。とは言え、どうなるかよくわからない予報。とりあえず、太郎平小屋まで行って考えよう、と言う判断だ。

もろもろ準備を整えて、7時半頃登山口を出発。途中、薬師岳もはっきり見ることができて、「もしかすると…」と期待を抱きつつ、太郎平小屋に着く。宿泊の手続きをして、空模様を眺めつづける。黒部五郎岳や水晶岳が濃い雲に見え隠れしている。

小屋の人に聞くとやはり天気は下り坂で、この日はまだましなんだとか。今年の天気はホントにひどくて、連続して晴れた日がないとのこと。

じゃぁ、しょうがないということで、当初予定していた黒部五郎岳を経て新穂高温泉に抜ける縦走は早々に断念。翌日の様子を見て、薬師岳をピストンする計画に変更。

夕食時に太郎平小屋に駐在している富山県警の方から天候の情報とくれぐれも無理して進まないよう注意を促される。何せここは、黒部源流域の入口の小屋だ。ここから先に進むということは、数日は山から出ることが出来ないということだ。荒天になれば、遭難救助も困難を極める。

夕食後は、前日の若干の寝不足とヨーロッパ帰りから来る時差ボケの勢いで、19時就寝。夜半、強風が小屋を叩く音で目が覚める。外に出てみると、雲が早く流れていくのが見えた。合間に星空が見えているけれども、まともな天気ではないことは一目瞭然だった。

翌朝、早々に撤退準備にかかる。薬師岳にも登るべき天気ではない。それよりも嵐に遭う前に折立に戻るべき。周りからも計画を断念する声が聞こえてくる。6時頃陽が上るといそいそと下山を開始。途中色の濃い虹が間近に見ることが出来たのは、ちょっとラッキーだったかも。

小雨には降られたけれども、8時過ぎに折立に戻ることが出来た。9時頃にバスに乗り込む。やがて強い雨が降ってきて、窓外は景色を一変させた。ホント、間に合ってよかった。

バスは富山地方鉄道の有峰口駅行だったので、ここで乗り換えて富山駅へ。スーパー銭湯で一風呂浴びてから、せっかくここまで来たのだからと、金沢観光をして、翌日東京に戻ってきた。

これが昨日までのお話。で、今日。ニュースが大変なことになっている。石川、富山、岐阜が大雨被害。すでに色々な情報が入っているけれども、大過ないことを祈るばかりだ。



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フランクフルト市内をふらふら。滞在5日目にして大してフランクフルトを見ていない。ようやっとアルテオーパーを確認。オフシーズンのせいか、サッカー・チーム、アインラハト・フランクフルトの垂れ幕が下がっていた。

それから、レーマ広場。近代都市フランクフルトにあって、数少ない歴史を感じさせる場所。観光客も多い。

そして、夕方。羽田行のルフトハンザで帰国。翌日の昼、要するに今日、到着。隣の席は空席だった。この時期で満席じゃないのね。なお、到着は30分ほど遅れたんだけれども、台風の影響ではない。出発直前にタイヤの空気圧に異常があったとか何とか。フランクフルト→名古屋便やフランクフルト→大阪便は8時間ほど遅れていたから、それに比べれば、30分遅れなんて、文句を言ってはいけないレベル。



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朝、ヴィースバーデンを後にし、VIASと言う地方鉄道でリューデスハイムを目指す。地方鉄道と言っても形ばかりで、諸々、DBと何も変わらない。ただ、REとか、ICとかいう名称がなくなるので一瞬戸惑う。車両も似たようなものなんだけれども、模様が違う。

ヴィースバーデンからリューデスハイムは約30分。ブドウ畑の広がる丘陵地帯をライン川に沿うように走っていく。この辺りをラインガウと言う。白ワインの産地として有名な場所である。ラインガウ音楽祭のトレードマークがぶどうの形なのもこれゆえである。

さて、リューデスハイム。小さな町だが、風光明媚な場所として知られ、観光客も多い。眺望のポイントは、ロープウェイで丘陵を上がった先にある展望台。ブドウ畑の向こうをゆったりと流れるライン川が印象的。

で、見ものはこれくらい。何とか博物館の類はあるけれども、興味があればどうぞ、ってくらいのもの。これに興味がなかったら1時間ちょっとで観光は終了してしまう。後はレストランでのんびり、だ。

帰りも当然VIAS。これがフランクフルトまで直行していて便利。1時間そこそこで着いてしまう。停まる駅も少ないので、駅に停車するたびに、停車したまま動かなくなるんではないかと不安になること(よくある遅延パターン)も少ない。

さて、今夜もラインガウ音楽祭のコンサート。S3の終点駅、バート・ゾーテンから、バスで8分ほど行った所にあるマリア・ヒルフと言う街の教会が会場だ。

バート・ゾーテンは、今でこそフランクフルト近郊の高級住宅街だが、昔は保養地として栄えたそうだ。メンデルスゾーンもここを訪れ、作曲に没頭したと言う。

今回の主役は、スケルツィ・ムジカーリと言う若手の古楽楽団。ざっくりいうと、リュート2、ヴィオラ・ダ・ガンバ2、コルネット1の5人組。うちリュートの一人がバリトンで歌う。これがかっこいいんだな…。

演目は昨日同様細かくなるので省略するが、G.カッチーニを中心にモンテヴェルディ、メルーラなどルネサンス後期からバロック初期のイタリアの作曲家たちの作品で構成されている。“Il pianto d'Orfeo"と言うテーマに沿って進められていく。

バリトンの柔らかく優しい歌いっぷりで、古の響きが小さな教会に響き渡っていく。軽いジョークを挟んだりして、和やかな雰囲気のコンサートだった。教会の音響も音楽に合っていて良い。ただ、外の音が聴こえて来てしまうのは、こういう会場のリスクだろう。

コルネット奏者は終演後渡されたワインの袋にコルネットを入れて、舞台袖へ(笑)。個性的な一団だったな。

 

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今日はちょっと遅めにホテルを出て、近郊電車S8に乗ってマインツへ。

ここでちょっとドイツの電車の種類を紹介しておこう。

Sバーンは前述のとおり、近郊電車。日本で言うと京浜東北線とか、埼京線みたいな感じかな?REは日本で言う所の東海道本線や東北本線みたいな感じ。Sバーンほどは停まらないけれども、そこそこメジャーな駅は全部停まる。IC、ECは特急。日本で言うと、「あずさ」とか「はくたか」みたいな感じ。ICはドイツ国内のみを走る。ECは国境を越える。そんだけ。で、一番有名なのがICE。日本で言う所の新幹線。

ざっとこんな感じ。IC、EC、ICEは別料金がかかる。ICEは高い。

で、マインツ。中央駅にはすべての電車が停まる。ただ、フランクフルトからの所要時間は、大差ないので、Sバーンか、REで行くのがいい。で、Sバーンが本数が多いので、これで行くことになったのだ。

マインツは、ライン川のほとりにある街。活版印刷を発明したグーテンベルクの出身地として有名。最近は、サッカー日本代表の岡崎選手がここのチームで活躍しているので、日本でも知名度が上がっていることだと思う。

見所は、大聖堂とグーテンベルク博物館。ヨーロッパの街の名所と言うと、すぐに大聖堂が出てくるのでちょっと「またか」感があるんだけれども、ここの大聖堂は歴史も古く、規模も大きいので一見の価値がある。どこの街の大聖堂でも、有名どころは一見の価値はあるものだけれども。グーテンベルク博物館は大聖堂のすぐそばにあって、これはなかなかの見ものだ。解説がドイツ語でよくわからないんだけれども、世界最初の活版印刷など貴重なものを見ることができる。

マインツを後にして今度はヴィースバーデンへ。今日はこの街に泊まる。夜にコンサートがあるのだ。場所はクアハウス。温泉施設みたいな意味だけれども、ここは昔の王様の作った複合施設だ。大きくと豪華なホールがあって、ここでコンサートが開かれる。昨日に引き続き、ラインガウ音楽祭の一環。実は、このクアハウスのホールが、ラインガウ音楽祭のメイン会場だ。広い範囲で行われている音楽祭でもメイン会場はちゃんとあるのだ。

今日のコンサートはWith Shakespeare in Loveと題されたもので、シェイクスピアのソネットの朗読とシェイクスピアに所縁のある音楽の演奏を交互に行うもの。演奏は、ベルリンの古楽団体、ラウテン・カンパニー。Terry Weyと言う若いカウンターテナーが歌を披露してくれた。

演目は細かくてここには紹介できないんだけれども、ダウランドを中心にパーセルやプレイフォードの音楽で構成されている。イギリス古楽を堪能できるプログラムだ。

冒頭の口琴の演奏からちょっと意表を突かれたり、Symphony of Bird Callsで鳥の鳴きまねに盛り上がったり、なかなか楽しめるコンサートだった。ラウテン・カンパニーの演奏もノリがよく素晴らしかった。詩の朗読は良くわからなかったけれども…いい演奏会だったと思う。

 

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今日は朝からハイデルベルクへ行ってきた。

フランクフルトからはICで50分ちょい。『地球の歩き方』にはICEで50分と書いてあるけれども、ハイデルベルクに行く分には、所要時間が変わらないのに、値段も高く、本数も少ないので、ICEは現実的ではない。しばしば役に立たない『地球の歩き方』である(笑)。

さて、ハイデルベルク。ここは大学の町として知られ、ハイデルベルク大学からは何人ものノーベル学者を輩出している。歴史も古く、1386年には創設されたと言う。ドイツ最古の大学だそうだ。

見所は学生牢とハイデルベルク城。

学生牢と入っても、さほど深刻なものではなくて、騒ぎを起こした学生が閉じ込められていた、程度のものらしい。牢屋の中も落書きだらけでちょっと楽しそうだ。その落書きが、いまや観光客のお目当てなのだが(笑)。何世紀も前の落書き、確かに見ていると面白いんだよねぇ。

ハイデルベルク城は丘の上に立つ古城。だいぶ朽ちかけている部分もあるけれども、ずいぶんと立派なお城だ。ロープウェイでお城まで上がり見学することが出来る。最大の見所は、世界最大級のワイン樽。凄いんだが使い道があったのだろうか。

それとなぜか薬事博物館が併設されている。なぜ何だかわからないけれども、皆入っていく。自分もついでに入っていく。

再びロープウェイで降りてきて、今度は、カールテオドール橋を渡り、シュランゲン小道を登っていく。6、7分も登れば、ネッカー川に架かるカールテオドール橋と旧市街、それに丘の上に聳えるハイデルベルク城が見えてくる。よく写真になるのはこの景色。うん、確認した!

ハイデルベルクから再びICでフランクフルトに戻り、若干のお買い物。

夕方から今度は、Sバーンに乗ってホーフハイムという街を目指す。フランクフルト郊外の閑静な住宅地、と言った所だろうか。この街の中心にある、セント・ペーター&パウルという教会でラインガウ音楽祭のコンサートがあるのだ。

今日の主役はリュディガー・ロッターと彼の率いるリリアルテ。演目は以下のとおり。

H.I.F.ビーバー:『技巧的で楽しい合奏曲』パルティータ第6番
H.I.F.ビーバー:ロザリオ・ソナタより第4曲
F.ジェミニアーニ:チェロと通奏低音のためのソナタ
F.ヴェラチーニ:ソナタ・アカデミカ作品2の5

休憩

A.コレッリ:ソナタ作品2の12「チャッコーナ」
H.I.F.ビーバー:ロザリオ・ソナタより第14曲
F.ジェミニアーニ:トリオ・ソナタ作品1の第2番
H.I.F.ビーバー:『技巧的で楽しい合奏曲』パルティータ第3番

ビーバーの生演奏ははじめて。CDで聴く以上に面白い。特にエンジンのかかってきた後半は、とても盛り上がった。アンコールではパルティータの6番の一部を再演。これ弾けるようになりたいなぁ。と、何の努力もせずに言ってみる。

ロッターの演奏はCD同様どちらかと言うとスマートな印象。濃厚に攻めてこない。教会はこの手の音楽をやるには、残響豊か過ぎるか。小さな町の教会と言う場所柄、雰囲気は最高。観客は200人程度なので、古楽をやるには程よいサイズ。音が小さくて聴こえないと言うことはない。残響は多少我慢するとすれば、なかなかいい会場と言える。少なくても近代的なホールでやるよりはずっといいだろう。

閉演後は、ちょっとしたサイン会。もちろん、貰ってきた(笑)。ロッターが日本に来ることってあるんだろうか?

 

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午前中散歩をして、いざ、さらば、ヴェネチア。帰りも船。所要1時間。距離があるわけではない。遅いのだ。なんか知らないけれども、半端なく遅い。

そして空港。ルフトハンザ航空に乗ってフランクフルトに戻る。ここで乗り継いでどっかに行ったり、帰国したりする人は多いのだけれども、今回の目的地は、ここフランクフルト。賑やかなこの空港も出口から駅に向かう人はまばらだ。

空港駅から中央駅は10分そこそこ。だが、ヨーロッパの鉄道には、隠し技がある。遅延。今回もやられた。電車に乗っても一向に動かない。別に急がないし、いいや、と思って乗っていると、そのうちドイツ語の車内放送が流れ始める。何回目かの放送の後、やれえやれと言う顔で周りのドイツ人たちが立ち上がって、車内はほぼ空に。これはやばいと思って一旦下車。どうなるんだと思っていると、再び数人が電車に乗り始めた。「え?大丈夫なのか?」と思っていると、唐突に出発。やりたい放題。しかも、次の電車は30分後。REは約180分後。

なんだそれ…と思っていると、隣のプラットホームに電車がやってきたので、慌ててそちらに向かい、何とかフランクフルト着。

ホント、怖いわぁ。

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昨日がヴィヴァルディなら今日は…そりゃ、モンテヴェルディでしょ。バロック音楽とオペラを確立させた音楽史上の巨人中の巨人。生涯の大半をここヴェネチアでサンマルコ大聖堂の楽長として活躍した。

と言うわけでまずはサンマルコ寺院へ。長蛇の列に一瞬びびるが、無料の施設と言うこともあって割合と早く入ることが出来る。内部はホント凄い。煌びやかなステンドグラスに囲まれているわけでもないし、荘厳なオルガンがあるわけでもない。壁、天井に一面に描かれた古の宗教画をただただ呆然と眺める。ここは本当に21世紀の世界なのだろうか。ここだけは時代が動かず、異空間を守り続けたように見える。

音楽史的にはモンテヴェルディに限らず、さまざまな歴史が作られてきた場所でもある。何気に音楽の聖地でもあるのだ。

サンマルコ寺院の次は、サン・ジョルジョ・マッジョーレ島へ渡ってみる。別にモンテヴェルディは関係ない。ただ行ってみたかっただけ。ヴェネチア本土の眺めが素晴らしい。

サンマルコ広場に戻って、今度はアカデミア橋へ。ヴェネチアの風景には欠かせないS.M.デッラ・サルーテ教会に行ってから、カナル・グランデをぐるっと周り、サンタ・マリア・グロリオーサ・デイ・フラーリ教会を目指す。

観光客こそさほど多くはないが、ヴェネチアではサンマルコ寺院に次ぐ規模の教会である。そして、ここにはモンテヴェルディが眠っている。

入ってみると確かに大きな教会で、歴史を感じさせる風格がある。著名な画もたくさんあるようだ。モンテヴェルディは、中央の祭壇の左側。名画に囲まれ胸像も置かれているが、訪れる人は少ない。

サンタ・マリア・グロリオーサ・デイ・フラーリ教会を後にして今度はリアルト橋へ。相変わらず人が多い。一旦、ホテルで休憩してから今度はサンマルコ広場の鐘楼へ。夕陽に染まるヴェネチアはとても美しい。

昼食にイカ墨のパスタを食べたと言うのに再び注文。これが美味しいんだよねぇ。

 

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