忍者ブログ
http://schunsou.blog.shinobi.jp/

カレンダー
09 2017/10 11
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
最新コメント
[10/07 schunsou]
[10/02 F2]
[06/26 schunsou]
[06/24 F2]
[05/19 schunsou]
最新トラックバック
プロフィール
HN:
schunsou
HP:
性別:
男性
趣味:
クラヲタ、登山
バーコード
ブログ内検索
過去の記事(Since2004.4)
カウンター
カウンター
アクセス解析
[1014] [1013] [1012] [1011] [1010] [1009] [1008] [1007] [1006] [1005] [1004]
■ [PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


音楽とは、一瞬で消えていく創作物である。そう言うものであって、そうであるべきものである、と考えたのはチェリビダッケ。一期一会にすべての価値があると考えたのだろう。だから、レコーディングを殆どしなかった。ライヴ録音が没後遺族の許可を得てリリースされたが、生前はほとんど録音がリリースすることは許されなかった。ただ、大衆が広く音楽を楽しむのに、録音は大きな役割を果たしてきたのは確かなこと。音楽の本質を失うと言う考えはあったとしても、音楽の平等化、大衆化に大きな役割を果たしたことには間違いない。録音がなければ、おいらも、こんなに音楽を親しむことはなかっただろう。

当たり前のことだが、録音のなかった時代の音楽は、一瞬で消えていき今は残っていない。残せたのは“楽曲”だけである。しかし、時代を遡れば、“楽曲”すら正確に残せない、楽譜のない時代だってあった。その音楽は、本当に、一瞬で消えていく創作物だったのかもしれない。演奏者の頭の中にだけにあって、人から人へと引き継がれていくうちに形を変えていく。いや、一人の人だって、時を経て曲を変えて行ったかもしれない。“かもしれない”だらけだが、それはあたりまえだ。なにも判っていないから。

さて、先日とある1枚の実験的なCDを買った。実験的と言うとゲンダイ音楽に似合いそうな言い回しだが、このCDは古楽だ。『ポワティエ伯の歌』と言うこのCD、なんと11世紀末のギヨーム9世の音楽を再現したと言う。

ギヨーム9世は吟遊詩人(トルバドゥール)の先駆け的な人物で、多くの恋愛抒情詩を残している。彼自身はその名の通り、1国の王だが、彼を起源としたトルバドゥールは、街から街、村から村、そして城から城へ歌を歌って歩いていた。トルバドゥールのその奔放で自由な生活スタイルは、ワーグナーも魅了されたのだろうか、『ニュルンベルクのマイスタージンガー』は有名なトルヴァドゥールの一人、ハンス・ザックスの物語だ。つか、この1曲のお陰で1番有名なトルバドゥールになったかもしれない。

さて、そんなトルバドゥールの音楽だが、基本的に楽譜はない。口承のみ。だって、放浪の歌手だから。それも現代の記譜法が確立される何百年も前の音楽。それでも、古楽の奏者たちは果敢にその音楽を再現してきた。そして、今回のCDなんだけど、そのトルバドゥールの起源の音楽に挑戦した。果敢も果敢、勇猛果敢(笑)。もちろん、正解ではないかもしれない。だけど、確かに感じるのだ。古の時代の淡いノスタルジーが。歴史のロマンってやつかもしれない。音楽は、一瞬で消えていく創作物であるが故に、歴史のロマンとは遠い所にあったような気がするんだが、このCDは容赦なく近付いていく。11世紀、平安時代の音楽へと誘っていく。まるで、平安時代のくすんだ屏風が、いきなり色彩に溢れ、当時の姿を取り戻したような錯覚がここにはある。

演奏者は、ブリス・デュイジと言う人。歌とフィドルを一人でこなす。明確で流麗なメロディはなく、詩の朗読に伴奏をうつけたような音楽を力強く、歌いあげていく。

 
duisit.jpg





 

拍手[0回]

PR
 ■ この記事にコメントする
HN
TITLE
COLOR
MAIL
URL
COMMENT
PASS
 ■ この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
忍者ブログ [PR]
ブログランキング・にほんブログ村へ
Powered by 忍者ブログ  Design by © まめの
Copyright © [ 音楽雑記&四方山話 ] All Rights Reserved.