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トムラウシの大量遭難を契機に再び、中高年の登山を非難する報道が増えている。「戻る勇気が必要だ」とか、無知が何も考えないでしたり顔で語っている間抜けな報道も多い。日帰り登山なら露知らず、何泊もするような縦走で、進むべきか戻るべきかの判断はとても難しい。

ほかにもこんな報道がある。遭難者の80%、死亡事故の90%が中高年の登山者である、だから、中高年の登山は危険だ、と。ホント頭の悪い報道である。山に行けば、登山者の殆どが中高年であることぐらい一目瞭然だ。実感的には、90%以上が40歳以上の、いわゆる中高年の登山者。割合から言えば、中高年の遭難が多いとはいえないんじゃないだろか。遭難者の20%が30代以下であることのほうが不思議なくらい。

それにしても、なぜ、こんなにも登山は中高年のものになってしまったのだろうか。登山は、技術もいるが、やはり体力なくしては、話にならない。本来であれば、若い人の方が断然有利で、登山者にも若者の方が多くてしかるべきである。こうなった経緯(っぽいもの)をおいらの曖昧な知識でまとめると次のようになる。

そもそも我が国には、登山文化というものは存在しなかった。あったのは信仰登山、それに稀に職業的に測量のようなことをやっていたくらい。登山文化が根付いたのは、明治以降。ウォルター・ウェストンらが持ち込んだもので、小島烏水や小暮理太郎、岡野金次郎、田辺重治、武田久吉と言った人たちが、冒険心で信仰ではない登山文化にのめりこんで行った。

このころの登山は、まだまだ山が閉ざされており、大抵は地元の猟師や樵を道先案内人にしないと、大きな山には登れなかった。そこで活躍したのが、上条嘉門次、宇治長次郎、佐伯平蔵と言った人たちだった。彼らを雇うにはそれなりの資金が必要だったし、自然に対するそれなりの知識や探究心が必要だった。

だから、この頃の登山家は知識階級の人が多かった。山の男と言えば荒々しい感じがするが、インテリジェントだった。それが戦後になって、ダム工事が増え、交通網が発達し、登山口が近付くと猫も杓子も山に向かうようになる。登山ブームの様相を呈し、特に若い人が次々に山に向かっていった。難路を見出し、岩に取り付き、遭難が多発した。大学の山岳部も多かったが、この頃の登山者は、インテリジェントではなくなりつつあったようだ。若者の有り余ったエネルギーの矛先が山に向かっていった、と言う感じだろうか。学生紛争時代の血気溢れる若者たちならではの行動だ。

やがて、無気力化した若者たちは山から離れていった。いまや、大学の名門山岳部が次々と存続の危機に立たされ、山に行っても大学の山岳部の一行を見ることはだいぶ少なくなった。その代わりに、出てきたのが中高年の登山者である。朝日新聞が端緒となって、百名山ブームが全国を席巻し、そのブームを支えたのが中高年だったのである。山に、100名山、200名山、300名山と言うランク付けが行われ、100名山を中心に登山ツアー発達。知識も経験も浅い中高年の登山者が、こういったツアーに殺到した。

この中高年の登山者には、2種類のグループがある。一つ目は、ブームに乗って、中高年になってから山を始めたグループ。もう一つは、若い頃、登山ブームで山に登りまくっていて、年老いてゆとりが出てきて山に帰ってきたグループである。

前者は、年齢的なプライドはあるが、経験も知識もない。「今の若い者はだらしねぇ」と言って、若者より元気なつもりになっている人も多い。後者は、若い頃の自分と比べて、「やっぱ、体力落ちたなぁ」と凹んでいるが、知識も経験も豊富で、体力ではなく技術で山に登っていたりする。前者より遭難する可能性は低そうだが、自慢気に30年前の地図を見せびらかしたりするので、これはこれで危険だ。宝探しに行くんじゃないんだから、地図は最新のものを持って行かなければならない。もちろん、古い装備を自慢気に持ってくるのもこういう人たち。もちろん、きちんとした人もいて、こういう人は若い人の手本となる。おいらもいろいろ教えてもらっている。先人の知恵や経験は侮れない。

さて、こうして大増殖した中高年の登山者だけれども、最近は徐々に減りつつある。中高年登山者の遭難報道が多いせいもあるだろうし、前のパラグラフでの後者のパターンの人たちが老いてきたこともある。また、ブームが去りつつあるのも確かだろう。そもそも、中高年登山ブームのきっかけとなった日本100名山だって、深田久弥の個人的な「感想」でしかない。『日本百名山』と言う本を読めば、そのことは明白だし、深田だってすべての山を登っているわけではない。東北や北海道には、深田の足跡の残っていない名峰も多い。そんなものに振り回されてコレクションするのは金と時間の無駄だし、深田本人の意図するところでもないだろう。

そんなこんなで、中高年の登山ブームもやがて去るのだが、では今後はどうなっていくのだろうか。戦後の登山ブームと中高年の登山ブームのような形には戻らないと思う。好きな人だけが好きなように登る。おいらならコンデジ片手にふらっと登って、山の雰囲気を満喫する…それだけで幸せだ。山頂で絵を書いている若者を見たこともある。カメラを担いでいる人もいる。ブームとかじゃなくて、そうやって自由に山を楽しめるような時代が来るんじゃないか。そうなるといいな、と希望的観測を加えながら、思う。

そうすると、今回遭難したツアーみたいなのはなくなっていくんだろうな。今回の遭難の原因なんてはっきり言ってツアー登山と言う形態にあるんだから、まぁ、それもしょうがない。需要が増えすぎて、お粗末になったガイド、登山者の高齢化が進みトムラウシレベルの山で70歳以下と言う緩い縛りを設けざるを得なかったツアー会社、飛行機の予約等で無理をせざるを得ない時間的事情、ガイドがいるからと安心して参加してしまう登山者。誰が悪いって言うんじゃなくて、こういう欠点を誘発してしまう、ツアー登山と言うシステムそのものに問題があるんだと思う。

だから、自分で計画ができて、自己責任で自由な想いで登山する人たちが、山を目指す、そういう人が多いのが理想なんだな~。

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