また日本で100枚も売れそうにないCDを買ってしまった。タイトルは『ピエール・アテニャンと7つの“ダンスリー”』と言うもの。演奏者は古楽器アンサンブル、アンサンブル・ドゥス・メモワール。
ルネサンス時代の器楽中心の舞曲集である。アテニャンと言う人物は、出版業者。なぜ、出版業者の名前が残ったのか。活版印刷が出て、そのお陰で楽譜が世に広まってくると、音楽の世界に占める出版業者の立場はとても強くなった。技術力が最もリスペクトされていたのかもしれない。その結果、作曲者や編曲者の名前ではなく、出版業者の名前が楽譜の表紙を飾ることとなった。まぁ、作曲者、編者と言っても、楽譜がなかった頃から伝わってきた曲を楽譜にしました、編曲しました、ってレベル。到底作曲家と言えるレベルのことをしていたわけではないから出版業者の方が曲を世に広めるにあたっての役割が大きかったのかもしれない。
アテニャンもそうした出版業者の一人。16世紀前半に生きた人である。1537年に国王フランソワ1世から王室付き楽譜印刷管理人と言う怪しげな称号を得て、150冊以上の曲集を出版した、この道の権威的存在である。曲の内容はたいてい、歌であったが、中には器楽のための作品が混じっていて、その一部を収めたのが、当盤である。毎度、この頃の器楽のCDを買うと「舞曲」と言う言葉を目にするが、今回もダンスリーと言うことで舞曲である。そもそも、この時代の器楽曲と言うのは殆どが舞曲だったそうだ。それ以外の器楽曲の本格的な登場は17世紀、つまりバロックの始まりを待たねばならない。
使われている楽器は、ターユ・ド・ヴィオロン、カント・ド・ヴィオロンなどのヴァイオリン類とルネサンス・オーボエ等の管楽類、それに打楽器やハープ、リュートが加わる。改めて浜松楽器博物館でも言ってこれば、良いんだろうけど、まぁ、今のおいらの知識では何とかヴィオロンとか言われてもいまいちピンとこない。
ピッチはヴァイオリン類がA=392Hzで管楽器類がA=520Hz。A=392Hzと言うのは、現代一般的に使われているピッチから1音分低くなる。ティーフカンマートーンと呼ばれ、フランスのバロックでよく使われているもの。アテニャンはフランスの人物なので、このピッチにしたのだろうか。管楽器類は、逆に2音分ほど高く設定されている。古楽器の演奏と言うのは、こういうところからちまちま検証していかなくてはならないので、何気に奥が深い。
そう言う理屈的なことを別にして、音楽はどんなものかと言えば、15~16世紀の頃のヨーロッパを描いた歴史ものの映画に出てきそうな、あの何とも呑気なような、憂鬱なような、くすんだ古き時代の香りが漂ってきそうな響きが満載。バロック以降の音楽のような雄弁で表情豊かなものではなく、無表情なノスタルジーが聴衆を一気に古のヨーロッパに連れて行ってくれる。目を瞑れば、古いヨーロッパの建物に囲まれた石畳の広場にぽつんと立っているような錯覚さえ覚えてしまう。そんな音楽に身を委ねている時間が、結構心地よい。極上の音楽時空旅行。だから、似たような内容なんだろうな…と思いつつ、売れそうにない、高いCDをまた買ってきてしまうのだ。演奏も、優しい響き。たまんね~!
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