この冬にプラハに行った時、ご当地のCDショップで最も推されていたソフト、パヴェル・シュポルツルの『ジプシー・ウェイ』のDVDがめでたくわが国でも発売されたので早速購入。既に発売されていたCDは、2008年のプラハでのライブだが、今回のDVDはスメタナの生地、リトミシュルで収録されたもの。プログラムは似たようなもんだし、ジャケットも一緒なので、同じコンサートと勘違いしやすい。まぁ、勘違いしたところで大した問題はないんだけどね。
で、このコンサート、どんなもんかって言うと、弦の国チェコの期待の若手ヴァイオリニスト、シュポルツルがスロヴァキアのツィンバロン・バンド、ロマノ・スティーロと組んでジプシー音楽に影響を受けた作品の数々を演奏するってもの。いわゆるクラシック作品あり、映画音楽あり…と言うわけで、クロス・オーバー的。
シュポルツルは、バンダナにジーンズ姿で出てくるような人なので、クロス・オーバーだけで勝負している邪道ヴァイオリニストと勘違いされやすいが、王道の作品でもきちんと勝負できる正統派である。特に自国ものには定評がある。CDで聴いた時はそれほどと思わなかったんだけれども、DVDで観たアシュケナージ&チェコ・フィルを伴奏にしたドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲ではゆったりとした動きの中から実に柔らかく雄渾な音色を響かせていて素晴らしい演奏だった。
正統的な音楽もしっかりできて、クロス・オーバー的な音楽もできる。方向性としてはナイジェル・ケネディに近い。しかし、演奏は奇抜でもエキサイティングでもない。強烈な個性で押してくるタイプではなく正統的なタイプ。柔らかくて、弱気にならない程度に力強い響き、そして、演奏姿は動きに派手さもなく、前述の通りゆったりとしている。何となくチェコの大先輩ヴァイオリニスト、ヨゼフ・スークに共通するところがある。有力な後継者と言っても良いかもしれない。世界的にどこまで評価されるか判らないけれども、チェコには絶対に必要なスター候補だ。
で、さて、『ジプシー・ウェイ』。一見、これまで出し続けてきた、お国ものとは違う路線のように見えるが、スラヴ音楽にはジプシー音楽の影響が多少なりともあるので、その根底的な部分では共通するところがあるのだろう。実際、アレンジされて演奏される曲の中に、スメタナの音楽が混ざってきたりするので、結局、シュポルツルのこれまでのレパートリーから大きくはみ出していないように見える。ヴァイオリニストとしては王道の、ヴィヴァルディの『四季』の録音の方が余程、意外性が感じられた。
とは言え、一般的なクラシックのコンサートと言う雰囲気ではなく、冒頭に述べたとおり、クロスオーバー的な雰囲気のコンサートだ。観客も楽しそうにのっているが、ケネディみたいに派手には盛り上がらない。何せ、本人の動きが優雅なまでにゆったりとしているのだ。チゴイネルワイゼンを弾いていても、技巧的な曲をひしこいて弾いている風はない。それに合間合間に入るシュポルツルのスピーチが、渋く落ち着いちゃっているのだ。「楽しんでる?」とか、観客に問いかけるんだが、低くていい声なんだなぁ、これが。もう、すっごくいい雰囲気。落ち着いた意味で(笑)。ケネディと方向性は似ていると書いたけれども、ライヴの雰囲気は全然違う。年齢的に考えれば、ケネディとシュポルツル、逆の方がいいんじゃ?と思ってしまう。
シュポルツルらしい、柔らかく奇を衒わない素敵な演奏、映像的にもオサレでカッコいい…だけど、日本では売れる予感は全くと言っていいほど、しない(汗)。日本でやっているクロスオーバーよりカッコいいと思うし、コンセプトも確りとしているから説得力もあるんだけどな。
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