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今更、まったくもって今更、ドイツ・ハルモニア・ムンディ50周年記念ボックスを買った。タワーレコードで5,000円台。50枚組なので1枚100円とちょっと。もう、バッカみたいに安い。ちなみに50周年だったのは2008年、すでに2年経過。これ、出た時は限定盤ってことで、即刻売り切れていたんだが、再プレスがあったりして、まだタワーレコードには在庫があったのだ(オンライン)。幸いなり。さすがにHMVは販売終了。限定盤なので、タワーレコードだって、在庫がなくなれば販売終了。たぶん、「○日後に入荷予定」とはならない。そろそろギリギリのタイミングかなぁ。ヤフオクには出ているけど、やや高め。

で、なんでこれ買ったかと言うと、安いってのももちろんあるんだが、内容が凄すぎるのだ。まず、ただの寄せ集めじゃないこと。当然、演奏者はバラバラなんだが、オリジナル盤のままの内容なのだ。1枚のCDにいろんな音源の寄せ集めがない。そう言う意味では、同じ時期にソニーが出していたバロック集(60枚組)にはまったく興味が湧かなかった。

次に、DHMのコンセプトに則って一貫して作られている(と思われる)こと。更に、演奏家がDHMの誇る一流の陣容であること。ほぼバロック音楽に限定した作品ばかりであること…など、これまでに出た大量BOXものとは一線を画した内容なのだ。無駄なボックス買いはあまり好きじゃないが、これは買っておいて損はないと思ったわけ。ま、古楽オンチだけあって、DHMの音源1枚も持っていなかったと言うのも幸いしたんだけど(汗)。入門にもいいかなぁ、って。

で…現実的な問題として、50枚どうやって聴き切るか。ハイドンの交響曲全集を買った時もそうだったけど、ライブラリ的に聴きたいときに聴きたいやつを聴いていけばいいんである。と、相変わらず、いい加減。あんま、縛っちゃうと苦しくいなるし。趣味なので楽しく行きたい。

ところで、本BOXはバロック音楽ばっかなんだが、バロック音楽をルネサンス音楽の後に聴くと、バロック音楽がバロック音楽と呼ばれている所以がよくわかる。バロック、要するに歪んだ真珠って意味は、ルネサンス音楽から観た評価なのだ。きっと「あー、言い得て妙だ」と思わされる。

じゃぁ、今は何を聴いているかと言うとメンデルスゾーンの『聖パウロ』(汗)。実は明日、ラ・フォル・ジュルネでコルボの演奏で聴けるのだ。コルボ盤もだいぶ前に買って、愛聴盤っぽい存在なんだが、今は敢えてマズア盤で楽しんでいる。歌謡性の高い曲だから、宗教曲初心者でも入り込み易いと思う。チケット売れ残っていたらぜひ聴きに行くべきコンサートである。ラ・フォル・ジュルネは小ホールが大人気みたいだけど、こういう曲はもっと聴いて貰いたい。

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「昔は良かった…」「物騒な世の中になったものだ…」と世の老人は口を揃えて言う。これを辿っていくとユートピアは原始時代にあって、現代はこれまでの時代で常に最悪であり続ける。これ、常識。戦後の混乱期だって、今よりはずっと治安が良かった。否定は不可能である。

音楽についても、同じである。「今の若い連中の音楽ときたら」「昔の音楽は良かったよ」…おいらも近しい言葉を聞かされたことがある。「俺たちの頃の音楽は」と、古き良き時代を語っておられた(クラヲタに言うっつうのも、なんだかなぁ、だけど)。もちろん、音楽においても前のパラグラフの定説が当てはまる。「過去」こそ偉大である。今一般にCDで聴ける音楽ではグレゴリオ聖歌がその最高峰にある。「お経じゃね?これ」(by おいら)とか言うやつは、もうダメダメである(汗)。

そんな偉大な「過去」に近付きたくて、またルネサンス音楽のCDを買ってしまった。ちなみに、ロマン派なんて新しい音楽はルネサンスの前では、しょーもない存在であることは言うまでもない。とは言え、ルネサンス音楽だって、たかだか15世紀~16世紀頃の音楽。グレゴリオ聖歌よりもずっと現代寄りにある音楽なので、さほど偉大ではない。まぁ、それでも現在CDショップで売られているCDのなかでは、圧倒的に古い音楽の部類なので、おいらにはもったいないくらいの存在だ。

さて、今回買ったのは、スティレ・アンティコと言う英国の若手グループによる『終祷のための音楽』。終祷とは修道院の一日の終わりの礼拝のことらしい。収められているのは16世紀のイギリスの作曲家のもの。バード、タリス、シェパードと言う割とメジャーな作曲家のものを中心に17曲が収められている。

録音場所は当然、教会。長い残響が厳かな空気を醸し出す。豊かで美しいスティレ・アンティコの歌唱も実に素晴しい。ルネサンスへの郷愁を感じるのは確かだが、この美しさは、決して古臭くはない。ルネサンス期の宗教曲を歌うのだから、清澄であることは当然だが、なんかこう、透明感の中に実にメローな響きがあるのだ。若いグループでまだそれほど録音が多いわけではないが、これはたくさん聴いていきたいグループである。がんばって録音をたくさん出してほしい。

ハルモニア・ムンディ・フランスの録音も優秀だ。デラー・コンソートなんかもいいんだけど、やはりこういう音楽は、明瞭な最新録音で聴きたい。

と、おっとっと、「過去」こそ偉大なんである。「レコードは良かった。今のCDの音は味がなくていけない」のだった。PCM?DSD?そんなの関係あるか!ま、LPの音の良さを活かせる装置って相当拘らないといけないんだけどね。もちろん、昔のオーディオは非常に素晴らしかったので普通の人でもCD以上の音質で再生していたことは言うまでもない。オーディオ環境も鉄壁である。まぁ、ソフトが高くて、色んな音楽を聴けなかったのは、欠点だが、「昔は、ものが豊かではなくても心が豊かだった」から差し引きすれば、昔の方が豊かだったのである。

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ちょっと前にエッシェンバッハ&フィラデルフィア管のマーラーの交響曲第6番『悲劇的』(ライヴ盤)が安くなっていたのでついつい買ってしまったのだ。この曲、イギリス・ルネサンス音楽の作曲家トーマス・タリスのエレミア哀歌を聴いた翌日に聴くと音楽の進化…つうか、成長を痛感せざるを得ない。

なんというか、情緒が横溢していて、とんでもなく大仰な曲だ。肥大化した楽器編成、大げさな身構えで豪壮に鳴らしまくる。ド派手に曲を盛り上げていく。響きが豊かになったと言うより、贅沢になったような感じだ。変に俗っぽい。爛熟ってやつなんだろう。しかし、クラシック≒ロマン派の現代感覚だとそんなことは感じない。音楽とはそんなもんだ、と。違和感なく聴いてしまう。逆に、現代人にルネサンス音楽は平坦で淡々とし過ぎている。ルネサンスの清澄な響き、ノスタルジーは“退屈”と一言で片付けられてしまうだろう。

あ、いや…ゲンダイ音楽、たとえば、ペルトなんかは、ルネサンス音楽に近い響きがあるようだ。まぁ、あまり一般的に広く聴かれている音楽とは言えないかもしれないけど(ゲンダイ音楽ではメジャーだ)。

さて、エッシェンバッハの演奏の方だけど、意外といいのだ。あ、「意外と」と言っては失礼か。今までCD買ってこなかった指揮者だし。このCDが出たときだって、「ジャケットがギンギラギンだ!」と言う印象しかなかった。そして、「フィラデルフィア管、次の指揮者にならないかなぁ」と無礼にも思ってしまっていた。

ところが、冒頭にも書いたけど、SACD仕様のこのCDが安くなっていた…それで「フィラデルフィア管のマーラーって珍しいんじゃ?」と思って買ってみたのだ。

なんと、マーラーなのに、しかも、6番なのに、重苦し過ぎない。1楽章から、独特のタメが退屈をさせないでいてくれる。どっぷーり歌わない。だけど、とても美しい。マーラーにけばけばしさを求める向きには、どうにも物足りない演奏だとは思うが、おいら的には、全然、「あり」だ。これは買って良かったなぁ。

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イギリス・ルネサンス音楽を久々に買って聴いている。以前ちょっとはまってモーリーだのダウランドだの聴いていたことはあるんだけど、いつの間にか聴かなくなっていたなぁ。

今回はトーマス・タリスのエレミア哀歌。harmonia mundiの新装版シリーズからの一枚。往年の名カウンターテナー、アルフレッド・デラー率いるデラー・コンソートの演奏だ。

タリスの生きた時代(1505-1585)はまだ、モンテヴェルディも活躍しておらず、バロックの香りすらしない、どっぷりルネサンスの時代。今日、クラシックと言って、のだめがキャッキャしている音楽には含まれない時代だ。バロック以降の音楽を楽しんでいる身には、何となく、訳のわからない暗い時代である。“有史以前”と言う感じだろうか。

このエレミア哀歌はタリスの最も有名な曲だと思うんだが、ルネサンス音楽のこと、強烈な個性を持っているわけではない。明確なメロディが音楽を支配するわけでもない。何となく、グレゴリオ聖歌から時代を経て、お教から脱して音楽になってきたような感じの響きだ。情緒を見せずに淡々と音を紡いでいく。無表情にも聞こえるそんな音は清澄な響きをもっていて、心に沁みわたってくる。バロックの華やかさ、古典派の優雅さ、ロマン派の重厚な情緒とは異次元の世界。朝よりは夜に静かな気持ちで聴きたい音楽。流行りの言葉を使えば「癒し」ってところなんだろうけど、この音楽を聴いて湧き上がる感情はそんな一側面的なものではない。教会で聴きたい、猛烈に。

お…そうだ、ラ・フォル・ジュルネでルネサンスなんてどうだろう?バッハでバロックをやって、モーツァルトで古典派をやった。国民楽派もやったし、来年はロマン派もやるらしい。いいじゃん、そろそろルネサンス。楽しくないだろうなぁ!クラヲタのなかでもコア中のコア、古楽マニア垂涎の音楽祭(笑)。

絶対…ない!!

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『VIA CRUCIS―十字架の道』と題された1枚を購入した。タワーレコード渋谷店激推しだったので、ついつい…踊らされてみることにした。仕入れ過ぎだろってくらい店内に横溢。古楽なのに、そんなに売れるのか?しばらく経ったら在庫処分セールのコーナーにあるんじゃないか?と、どうでもいい心配をしつつ、ジャルスキーも出ていたので、買ってみたのだ。

内容は激推しするのも当然か…と言うもの。おいらも激推ししとく。「のだめ」とはどこにも書いていないけど、売れることを祈る。こういう素晴らしいCDがサンプルみたいな寄せ集めCDより売れないって言うのはなんか悲しいよね~。

さて、このCD、古楽と書いたとおり、演奏しているのは…クリスティーナ・プルハールと言うテオルボー他奏者の率いるラペルッジャータと言う楽団。古楽オンチのおいらは知らない楽団だ。10年前から活動しているらしい。テオルボー奏者がリーダーと言うのは、何なのか、古楽じゃ珍しくないのか…と思っていたら、プルハールは、テオルボーだけじゃなくて、ハープやその外の楽器も演奏する。まぁ、なんでもいいか。

で、このCDの何が良いかって言うと、楽しくて美しい。古楽って言うと、アーノンクールとかガーディナーをおいらはすぐに思い浮かべる。で、彼らが小難しそうな顔をして、アカデミックに考証しはじめるのだ。そう言うのもいいんだけど、18世紀以前の音楽ってJ.S.バッハを除けば、そんなに深く考え込む音楽じゃなかったんじゃないだろうか?世界を征服していくクラシック音楽ではなく、ヨーロッパの民俗音楽と言う色が濃かった時代だと思う(まぁ、19世紀以降の音楽だって、極論すればクラシック=ヨーロッパの民俗音楽なのだが)。

そう考えるともっと軽快に行っちゃってもいいんじゃないか、と思うのだ。このCDはそんな考えにぴったりの企画なのだ。タワーレコードの推薦文章には「ジャズか、ワールドミュージックのようなノリなのに、古楽の響き」みたいなことが書いてあったけど、案外、当時はこういう響きが街に響いていたのではないだろうか。ぜひ、広く聴いて欲しいCDである。

更に、今ならDVDも付いている。ラペルッジャータの楽しいコンサートの様子が収められている。あまり目立たないながら微笑みながらアンサンブルを見守るプルハールの様子が印象的。このDVDおまけなんだけど、1時間以上あって、さらに30分以上をYouTubeで観ることができる。太っ腹なりVirgin。YouTubeは
こちらから。のっけからジャルスキーの美声に酔わされるので酔い止めを用意して観てほしい。

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■ ナイマン

あー、この曲ってナイマンの中で一番有名なのかなぁ→『楽しみを希う心』(YouTubeにリンク)。映画『ピアノレッスン』のための音楽だ。憂鬱で悲しげなメロディーが美しい曲。うん、これはクラシックアレルギーだろうがなんだろうが、惚れる人は多いだろうなぁ。

ナイマンって、自分の知っているミニマルの作曲家の中では、最もメロディを大切にする人だ。だもんだから、ライヒとかグラスとか、コアなミニマルを知ってしまうと、「なんだよ、おいおい、邪道じゃないか」と玄人振りたくなってしまう。だけど、ミニマルにメロディメーカーがあわさると実に、親しみやすい、美しい曲が出来上がる。ミニマルだからにして、なんか、こう思いっきれないと言うか、歯がゆいところはあるんだけど、それが心地よい退屈感(どっかの本で見た表現…なのだ)をかもし出す。幸せな出会いだ。集中して聴く気にはなれないんだけれども、ね。

『ピアノレッスン』の音楽はまとめてピアノ協奏曲に編曲されているが、『楽しみを希う心』はその中にも使われている。まぁ、ピアノは協奏曲で聴いた方が…いいかな?メロディを純粋に楽しみたければ、前述のリンク先でいいんじゃないかと思う。

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最近、古典派の作曲家にハマっている。正確に言うならモーツァルトの周辺の作曲家、である。モーツァルトは確かに音楽史上孤高の天才であるけれども、その周囲にはどんな音楽が流れていたんだろう?モーツァルトが、褒め称えたり、けなしたりした作曲家の音楽はどんななんだろうか?と、まぁ、そんな好奇心である。

で、最近、何回か聴いているのがヨゼフ・ミスリヴェチェク。チェコ生まれ、イタリア各地やミュンヘンで活躍した作曲家だ。モーツァルトはイタリアに旅行した際に面識を得たほか、ミュンヘンでも再会している。モーツァルトは旅先からの手紙でミスリヴェチェクの音楽を称賛しているだけでなく、その音楽にも多大な影響がみられる。と言うか、何も知らされないで、ミスリヴェチェクの交響曲を聴かされたら「モーツァルト?10番台後半~20番台真ん中くらいにあったっけか?」と間違っても、不思議ではない。

ところで、このミスリヴェチェクと言う名前、覚えにくい、言い難い…。イタリアでもそうだったらしくイタリアの人たちは「Il divino boemo(素晴らしきボヘミア人)」と呼んでいた。その渾名をタイトルとしたCDでこの作曲家を楽しんでいる。演奏はコンチェルト・ケルン。古典派の隠れた作曲家を録音しまくっているマニアック趣味な楽団だ。

マニアック趣味とは言え、「王道で勝負できないので、マイナーに活路を見出しました」と言う楽団ではない。演奏レベルは相当高い。冒頭から颯爽と突っ走る序曲にココロ、奪われる。この水準で歴史に埋もれかけた名曲を紹介してくれるとは、素晴らしすぎる。

収められているのは、序曲のほか、5曲のシンフォニアとコンチェルティーノ。1枚のCDにこれだけ納まっていることからも判るとおり、すべて短い曲だし、マニアックな存在であるが、親しみやすい曲調なので、誰にでも薦められるCDだ。あんまり、モーツァルト、モーツァルトと言うと、ちょっとミスリヴェチェクに可哀そうだけれども、モーツァルトが好きな人なら誰でも楽しむことができる作曲家だと思う。もっと多くの演奏家が取り上げてくれてもいいと思うんだけど…。


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スラットキンが昨シーズンからデトロイト交響楽団の音楽監督を務めている。なんだかんだいって、やっぱアメリカの楽団にいる方が、ホッとする。イギリスに行っても、イギリス音楽も得意なはずなのに、アメリカ音楽の仕事ばかりやっていたし。

さて、そんなスラットキンの新譜。NAXOSから新しい相棒とのラフマニノフの交響曲第2番とヴォーカリースを収めた1枚が出た。NAXOSに移籍と言うと凋落したイメージが強いんだが、どうなんだろう?実力は確かなので、このCD大不況の時代にCDが出ている分には、有り難がってもいい。人気のあるハイティンクやC.デイヴィスですらオーケストラの自主製作盤くらいしか新譜が出ない時代だ。新譜どころじゃない指揮者だって、凄く多い。メジャーレーベルを支えていた、あの人とか、あの人とか…。

ラフマニノフは、スラットキンの十八番。セントルイス交響楽団の音楽監督時代にVOXに交響曲全集を録音して、マニアを唸らせたレパートリー。この録音で、スラットキン&セントルイス交響楽団のコンビは楽壇のメジャーになった、と聞いたこともある。アメリカ音楽&イギリス音楽が得意なスラットキンがラフマニノフ?と思われそうだが、スラットキンは亡命後のラフマニノフが過ごしたロスアンゼルスの出身。準地元の作曲家なのだ。意外と意外じゃない(変な言い回しだ(笑))。

そんなわけで、新譜は再録音と言うことになる。スラットキン&デトロイト交響楽団のラフマニノフと言う超メジャー級の録音と言うだけで「隠れた名演奏家を起用する」NAXOSっぽくないんだが、なんと、これライヴ録音でもあるのだ。NAXOSでライヴ録音って珍しいよなぁ。

で、演奏がこれまたいいのだ。スラットキンファンを自称しながらセントルイス交響楽団との旧盤を聴いたことがないんだが、これを聴けばついつい旧盤も聴いてみたくなってしまう。とにかく、カッコいい。やっぱ、スマート、都会的。徹底して。あー、これぞスラットキン!!甘いメロディをドロドロと分厚く熱く歌わせずに、スタイリッシュに仕立て上げる。スヴェトラーノフと対極にあるような演奏だ。1楽章のラルゴからアレグロに変わるあたりなんか、ホント、ゾワッとくるし、3楽章のアダージョも透明感があって、果てしなく美しい。

NAXOSから名曲の名盤が出てくる時代なんだなぁ。不思議な感じだ。


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ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン、5000人収容のAホールと深夜の小ホールだから余裕で当選できた…と思っていたが、ホールAでも落選者は結構いるみたいだ。なんと、幸運なことだ。今日からフレンズ先行販売だったのだが、特に追加する予定もなかったので、ゆったりとできた。後はGWを待つだけ。

LFJ以外の演奏会では、今月末にインバル&都響でマーラーの交響曲第3番、6月上旬にハーン&サロネン、フィルハーモニア管で、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲&シベリウスの交響曲第2番、6月中旬に、再び、インバル&都響でマーラー、今度は交響曲第2番。2月のウィーンでの5公演&1ミサとLFJをあわせて、今年上半期で、12公演。近年稀に見るコンサート通いだ。1年に1公演&LFJが平年並みだからなぁ(汗)。基本的には、安易に「生演奏最高!」とかは言わないクラヲタ系CDリスナー族だからなぁ。

さぁて、と。先日…と言うか、ちょいと前に注文したCDが届いていたので、聴いている。テレマンのターフェルムジーク、ブリュッヘン&コンチェルト・アムステルダム。古楽オンチのおいらは知らなかったけど、この曲の定盤中の定盤らしい。コンチェルト・アムステルダムなんて団体聞いたことない…とメンバを見るとレオンハルト、ビルスマ、アンドレと、まぁ、今では超大家になってしまった人が集結していて豪華。1960年代半ばの録音と言うことで、ブリュッヘンも含めてみんな若かった。今日を古楽隆盛の礎を作った人たちの若いころの記憶…。

それはさておき、おいらにとってはターフェルムジークのファーストチョイス。ターフェルムジークと言うのは、食卓の音楽と言う意味なので、なんか食べながら聴きたいと思ったけれども、めんどくさいのでやめた。まぁ、現実には食卓だけでなく、もっと豪華な宴や祝宴なんかでも演奏されていたらしい。取り敢えず、祝っとくか。

にしても、だ。中世の貴族たちはこんなん作曲させてお食事のお供にしていたのか。なんて、典雅で心地の良い音楽の集まりだろう!!J.S.バッハのような深遠な音楽じゃないかもしれないけど、これはこれでバロックの素晴らしさを堪能させてくれる音楽集である。聞き流しているだけでも十分楽しめると言う魔力もある。

CDのジャケットのいかにも食卓の絵も、音楽とともに中世に引きずり込んでくれそうだ。まだ全曲は聴いていないけど、しばらくはまってしまいそうな予感がする。


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ジャケ買いした。まぁ、よくやりおりはるんだけど、結構当たりは多いんだよねぇ。で、今回のジャケ買いは…ハイティンク&ロンドン響のアルプス交響曲。ハイティンクのアルプス交響曲は、コンセルトヘボウ管との旧盤もマッターホルンがカッコよくて、こちらもジャケ買いをした経緯がある。山好きには、アルプス交響曲はジャケ買い可能性が高そうな感じがするけど、まだ2枚目。あー、要するにハイティンクしか持っていないわけだ。R.シュトラウスってそんな好きじゃないしね。

で、今回のジャケットなんだけど荒々しい断崖絶壁、そこから落ちる一筋の滝…そういう雄々しい山の一面に対して、崖の下には平和に牧草を食べる羊たちが群れている。なんか妙にリアルでありながら、ファンタジック。惹かれてしまった。

演奏も良い。久し振りに聴いたけど、こんなに素敵な曲だったか…と感服しているところ。ジメッとした暗いところもあまり感じられないし、爽やかなアルプスの風を気持ちよく感じられる。雄大だ、壮大だ、豪壮だ!日本アルプスのど真ん中、祖父岳の広い山頂にオーケストラごと引き連れて行って演奏して欲しい!んで、それをDVD化して欲しい!いやぁ、良い買い物だった。


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