「昔はよかった!」…これ、クラシックの世界でも蔓延している。未だに不滅の巨匠とか、20世紀の遺産だなんて、タイトルの本がちょいちょい出ている。初心者向けお勧めCDみたいなコーナーがあると、大体勧められているのは、カラヤンだったり、バーンスタインだったりする。新しくても、1980年代の録音なんだよね。それで、そういう録音ばかり聴いていると、若くして、「偉大な巨匠たちの時代」とか言い出すようになってしまう。巨匠時代が懐かしいとか、リアルで殆ど体験していないくせに言い出してしまう。ま、これ、一部自虐なんだけど。
でも、今なんだよね、楽しんでいるのは。音楽を楽しむのに過去に固執して、「昔はよかった!今の音楽は…」なんて悲観しているのはちっとも楽しくない。実際、昔の音楽が優れていて、今の音楽が駄目になっているのなら、しょうがないんだけれども、どう冷静に見てもそういうことはない。ただ、変化はある。その変化を受け入れることが出来る柔軟性があれば、過去の音楽だけでなく今の音楽も楽しむことが出来るわけだ。音楽なんだし、積極的に楽しめる方向で対応していくのが良いと思う。
と言うわけで、新しい人たちの録音を…。アリーナ・イブラギモヴァとウラディーミル・ユロフスキ&エイジ・オブ・インライトゥメント管弦楽団のメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲2曲。ソリストとオーケストラの名称が、覚えにくい。オーケストラの方は、言わずと知れた古楽の名門なんだけど、未だにすらっと言えない。もうOAEでいい。ソリストのほうは、サッカー選手にイブラヒモヴィッチと言うのがいるから、知っている人は、ヴィッチがヴァに変わったと覚えればいい。「ギ」と「ヒ」については、細かいことは気にしない方向で(笑)。サッカー見て、イブラギモヴィッチと言っている人がいたら、たぶん、クラヲタ。要注意。年齢は、イブラギモヴァが20代、ユロフスキが今年で40歳。これからどうなっていくのか楽しみな2人である。
演奏は、オーケストラが古楽の楽団ということからも判るとおり、思い切り、ピリオド奏法を意識したもの。イブラギモヴァは、古楽系の演奏家と言うわけではないが、すでに、古楽器でJ.S.バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータを録音するなど、モダンとピリオドを使い分けている。今回は、ロマン派でも、初期の作曲家と言うことで、ピリオド奏法を取り入れたのだろう。基本的に、おいらはロマン派以降はモダンの演奏を聴いているのだけれども、この演奏は違和感なく聴くことができた。
1曲目は有名なホ短調。例のあれ。通俗名曲の極みのように言われるが、これ、いい曲なんだよね。特に2楽章の美しさは半端ない。イヴラギモヴァのヴァイオリンは凛として美しく、この第2楽章も聞き惚れてしまう。若手の女性と言うと、ハーンの録音を思い出すんだけれども、あのキレキレの演奏とは、まったく違う。ピリオドアプローチと言うこともあり、決して華美ではないのだけれども、瑞々しさも失っていないし、奇を衒わず確りと構えて、じっくりと演奏に取り組んでいる。好演。
フィンガルの洞窟を挟んで、2曲目のヴァイオリン協奏曲は若書きのニ短調。13歳…若書きというか、幼ガキ書きと言ったほうがいい年齢。ホ短調に比べるとマイナーな曲だけれども、これまで録音は選択の余地があるくらいは出ているはず。おいらも聴いたことがない曲じゃないんだけれども、さほど、強い印象のない曲だった。しかし、イブラギモヴァとユロフスキの演奏は、この曲の魅力を存分に引き出してくれた。中一の書いた曲だからって馬鹿にしちゃいけない。弾けるような、それでいて、よく感情のコントロールの出来た素敵な演奏。1楽章での歌心も、2楽章での音色も、3楽章での躍動感も、どれも申し分ない。この演奏なら、この曲、もっと評価されてもいいと思わされてしまう。
と言うわけで、また1人、注目のヴァイオリニストを知ってしまった。チェックするのを忘れてしまいそうだ…。ちなみに、この録音はhyperionからのリリース。あの、マイナー曲を職人的に良い仕事をする人たちの演奏で、紹介し続けていたhyperionである。イブラギモヴァ、たぶん、スター演奏家になると思うんだが…。hyperionっぽくない(笑)。
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