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スティーヴ・ライヒ:管楽器、弦楽器、鍵盤楽器のための変奏曲

いかにもクラシックなタイトルに辟易…クラシックって難しい!!と言わせるためみたいなタイトルだ。だけど、ライヒ。テクノミュージックに多大な影響を与えたミニマルなひと(って言うけど、HMVの同時購入商品はほぼクラシックだけどな)。もちろん、この曲でもミニマリズム爆発のループ地獄が待っている。

買ったのは、江戸でエド・デ・ワールト&サンフランシスコ交響楽団。フィリップスに録音した定盤っぽいやつ。ジャケットの建造物が絶妙にミニマルっぽい。うまいじゃないか。

カップリングは、ジョン・アダムス。ループ地獄から逃げ出せるぜ!とか、思わない。甘いよ?だって、タイトルが“Shaker Loops”(揺れる音型の輪)。そう、アダムスも有名なミニマルの人だった…。まぁ、ミニマル好きだから良いんだけど…つか、だから買うわけで。

でも、なんか、ミニマル・ミュージックって聴き終わると負けた気分になるんだよね。「あれ?退屈だ…と思っていたのにいつの間にか終わってしまった…」と思って、時計を見ると、1時間が経過していたり。退屈な1時間を過ごさせられてしまったような。だから、いつも途中で聴くのやめてやろうと思うんだけど、聴いてしまう。

心地良い退屈感とはよく言ったもので、そう言うことなんだろうなぁ。ノリが良いと言えば凄くノリの良い音楽だ。どんどん、しこたま聴いていきたい。そうして、人生を浪費していく…。ああ、HMVで何枚か、ポチッとしてしまった。

ライヒって?と言う方は、Wikipediaより
ansaikuropediaの方が判り易い。いや、冗談抜きで。あーだこーだ、解説されるより、ミニマルをよくあらわしていると思う。秀逸。

reich-variations.jpg







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好きなように俺の人生を送らせてくれ
他のカスみたいなことはどっかへいっちまえ
頭の上には陽気な空をくれ
それと足元には脇道を
星の眺め付きの茂みのベッドと
川の水に浸すパン
俺みたいな男の生き方はそこにあるんだ
永遠の生き方がそこにある

Give to me the life I love,
Let the lave go by me,
Give the jolly heaven above,
And the byway nigh me.
Bed in the bush with stars to see,
Bread I dip in the river -
There's the life for a man like me,
There's the life for ever.


ヴォーン・ウィリアムズの歌曲集『旅の歌』より「放浪者」(The Vagabond)の最初の一節である(全訳は
こちらに)。Lyritaと併せて、イギリス音楽再マイブーム中…とあれば、まず聴かなきゃいけないのが、歌曲で、特においらは最初に聴いた『旅の歌』に原点回帰する。で、この歌詞になるわけだ。こんなこと言って、カッコよく孤高の人生を送ってみたい、と軽い願望を禁じえないけど、それは夢物語。『旅の歌』にどっぷりとひたって、そんな夢物語を追うのも、また良いもんだ。

ところで、この『旅の歌』、実は、少年時代にワクワクしながら読んだ『宝島』の作者であるスティーブソンの詩であることに最近、初めて気が付いた。この曲にある魅力は、『宝島』に通じるものがあるんだなぁ。あと『十五少年漂流記』とか。無性に舟に乗ってどっかに流されたくなった少年時代を懐かしく思い出す。

定盤で聴きまくったのは、ターフェル盤。だけど、最近、「こっちもいいんじゃないか?」ってんで、聴きなおしているのが、アレン盤。なんと、バックはオーケストラなのだ。しかも、ラトル&バーミンガム市響。オーケストラのドラマティックな表現が、雄渾で、アレンの叙情を大きく引き出す。名盤。

vagabond.jpg






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Lyritaの続き。えっと、まず、このレーベルHMVで取り扱っていないみたい、ってことを報告しておいて、昨日、入手したLyritaのうち1枚を軽く紹介。内容は次の通り。

ジェラルド・フィンジ(1901-1956)
○セヴァーン狂詩曲
○小管弦楽のための3つの独白(『恋の空騒ぎ』組曲より)
○弦楽オーケストラのためのロマンス
○弦楽オーケストラのための前奏曲
○管弦楽のための哀歌『落ち葉』
○小管弦楽とヴァイオリンのための入祭唱
○ピアノと弦楽オーケストラのためのエクローグ※
○ピアノと管弦楽のための大幻想曲とトッカータ※
サー・エイドリアン・ボールト指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
ヴァーノン・ハンドリー指揮ニュー・フィルハーモニア管弦楽団(※)

基本的に、1枚(組)のCDに複数の指揮者が入っているのって好きじゃないんだけど、これは、「まぁ、しょうがないか」ってんで買ってみたもの。ボールトだし、ハンドリーだし、フィンジだし。オーケストラは、ロンドン・フィルとニュー・フィルハーモニア。さすが、Lyrita、持ってくるアーティストが珍曲離れしている。

で、これが大当たりだった。フィンジに興味を持ったらまずこれを買え!ってくらい。選曲も演奏も管弦楽作品集としては無敵ではないだろうか。いや、ほかにマリナー盤ぐらいしか知らないけど。ただ、マリナー盤は『降誕祭』が入っているので、純粋に管弦楽曲集ではない。そんなこんなで、やっぱ最強じゃないかな?

全て美しい曲なんだけど、特にロマンス、落ち葉、エクローグ、入祭唱、前奏曲あたりは、フィンジの本領発揮ってなところ。イギリスの片田舎でのカントリーライフをこよなく愛したフィンジ。田園風景を思わせる優しく、微かな愁いを帯びたメランコリックなメロディの数々は聴くものを魅了してやまない。ボールトとロンドン・フィルはこの名旋律をたーっぷりとゆったりと歌わせる。ココロ、痺れる。力抜いて聴こう。

ウェッジウッドの器で紅茶でも飲みながら、憂鬱な午後にまったりと聴くのが小粋。ちなみに、ウェッジウッド家は、フィンジを「俺の後継者!!」と指名していたヴォーン・ウィリアムズの奥様の実家。まんざら無関係じゃない。つか、フィンジの方が、「実は、ウェッジウッドの一族なんです」と言われてしっくり来る。

ま、おいらは江戸切子くらいしか持ってないけどね!!

ジャケットがゴツイのは…ま、ま、諦めてもらいましょう。中身とは全然っ!!印象違うから。もちろん、この画の本人は、ボールト。フィンジと親交はあったらしい。

boult-finzi.jpg






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これまでイギリス音楽のCDを買うにあたっては、EMIのBritish Composers シリーズ、CHANDOS、hyperion、NAXOSの4つのレーベルがイギリス音楽ファンにとっての頼りだった。しかし!本命、と言うか、幻のように思われ、待望され続けていた伝説のレーベルがあった。Lyritaである。

イギリス音楽に特化したこのマニアックなレーベルは、ボールトを中心に、ハンドリー、作曲家の自作自演(ウォルトン、アルウィン、アーノルドなど)、ヨーヨー・マ、レッパードなどズラリと大物を揃えて滅多に録音されない珍曲を録音しまくっていた。その魅力たるや前述の4レーベルの何れをも遥かに上回るものだった。

ただ、このレーベル、その録音を販売することにそれほど意欲的ではなかった。そもそもイギリスのレコード店、WINDOWSによるレーベルで、あまり市場に流通させることを意識していなかったようだ。そのせいで、LP時代から入手し難い、入手できても高価なレーベルだった。

CDの時代になって、いくつかはCD化されたが、それはごく一部だけ。しかも、入手し難くく、高価と言う状況は相も変わらず。そして、あるとき「もーやめた!」と言って、オーナーが権利を抱えたまま、隠遁してしまった…。TASTEMENTをはじめいくつものレーベルが復刻のための交渉を行ったらしいけれども、何れも不調に終わり、LyritaのCDはamazonなどで、信じられないような高値が付けられるようになっていった。幸い、おいらはオーナーが隠遁する前のいくつかのCDを所有しているが、いずれも数千円の値が付いていた。下手すると1万円を超えるものも…。

それが、どういう風の吹き回しか、2、3年前に唐突に「復活するよー。しかも、LPで出ていたやつ全部CD化しちゃうよー」と言うことになった。イギリス音楽マニア、狂喜乱舞。Lyrita復活するならNAXOSなんて、買ってる場合じゃない!と言う運びになったんだけど、「でも、価格は据え置き!しかも、CD-R仕様よ?」ってことで、おいらは躊躇しまくっていた。軽くイギリス熱も落ち着いていた頃だったし。しかし、だ。このレーベル、いつ「やっぱやめた。じゃぁね!」と言うことになるか判らない。そこで、興味のあるものから少しずつ買っていくことにした。

まずは、PHILIPSのマリナー盤購入以降、歌曲以外でこれと言う録音のなかったフィンジを。ボールト&ハンドリーの指揮したものを中心に買ってみた。やっぱ、すげぇ!!「フィンジは寡作だからマリナー盤買っとけば、とりあえず、OK!!」って大嘘。名曲隠れすぎ。ピアノと弦楽合奏のためのエクローグや管弦楽のためのエレジー“落ち葉”なんて悶絶するほど美しい。これ聴かないでいいなんて話、あるわけない。こんな録音を残してくれていたLyrita、やっぱイギリス音楽ファンの絶対的神である。

そして…Lyritaのフィンジと言えば、ヨーヨー・マ&ハンドリーのチェロ協奏曲。あの、マである。実は、これマのデビュー盤なのだ。まさに幻の名盤と言われていた逸品。これも今回の復活劇で、陽の目を見るようになった。こんなんが出てくるんだから、もう、これからだって楽しみでしょうがない!!んだけど、どうも復刻は進んでいないように見えるんだが、気のせいか?「やっぱ、やーめた!!」になる可能性は相当大きいとは思っているが…。

ところで、手元の資料では、Lyritaはオリジナル音源は一切ない、と言うことになっているが、では、オリジナル音源はどこのレーベルに?確かに、イギリスのいちレコード店のプロジェクトとしてはあまりにも凄すぎるとは思うんだけど、オーナーが権利を独占的に持っていたりして、その実態は杳として掴めない。まぁ、いいか、伝説復活と言うことで、喜んで楽しんでいよう。


lyrita.gif


 

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先日、渋谷のタワーレコードで開催されたインバルのトーク&サイン会に行って思ったんだけど、やはり、指揮者の話を聴くのって面白い。別次元のすげぇやつ…と思っていた巨匠があんなことやこんなことを考えて指揮していたなんて!!実に興味深い。

しかし、現実にはなかなか指揮者のトークを聞くことは出来ないんだよね…。と思っていたところ、『指揮者が語る!』(D.D.ショルツ著/蔵原順子、石川桂子訳/アルファベータ/2008年)と言う本を石丸で見つけたので買ってみた。

著者が、29人の指揮者と対談したものをまとめたもの。ドホナーニ、マゼール、マズア、ゲルギエフ、メータ、ギーレン、アーノンクールと言った功成り名を遂げた巨匠を中心に、ユロフスキのような若手、ヴァイル、プレトニェフのような個性派など幅広い指揮者と対談を繰り広げ、興味深い話を引き出している。適当に興味あるところから読んでいるので、まだまだ読み欠けという状況だけど、ほとんど編集されていない「生の指揮者の考え」が読めて実に興味深い一冊だ。

さて、その中から、面白いお題ひとつ。ドホナーニに向けられた質問とそれに対する答えを。

Q.(21世紀に)20世紀から残っていくもの(音楽)は?
A.20世紀前半からは、数多くのものが残るでしょう。後半の方が、同時代人としては判断が難しいですね。第2次世界大戦後に書かれたもので、私から見て本当に強力な持続性を持つと思われるものはとても限られていたと現時点では申しておきますが、的外れになるかもしれません。


20世紀前半、ラヴェルやドビュッシー、マーラーやシベリウス、ストラヴィンスキーにフランス6人組…まぁ、こういう人は既に古典として扱われているようなところがあって、素人目に見ても、19世紀の音楽で今なお聴かれている音楽同様の感覚がある。だから、ドホナーニと同じような感覚をみんな持っているのではないだろうか?

問題は、20世紀後半から現代に掛けて。音楽史の一時点としての現代とはどういう時代なんだろうか?と言われれば、ドホナーニのような識者でも、自信を持って評価することは出来ない。バッハやモーツァルトと同時代の人が、何百年もバッハやモーツァルトが聴き継がれて行くとは想像も出来ないように…。

結局、音楽は時間が評価する―そう言うことなのだろう。さて、ミニマルとかどうなるんだろうなぁ?タイムマシンに乗って未来人に聞きに行ってみたいものだ。

mythosmaestro.jpg









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ほらほら、クラヲタがスタバと言えば、スターバト・マーテルのことで、一瞬、非クラヲタは引っかかってしまうんだけど(←ウソだよ?)、それと同じようにDSと言うと、ニンテンドーDSのことじゃなくて、ドイツ・シャルプラッテンのことだったりする(ちょこっとホントのこと)。

で、そう言えば、このレーベル、どこ行っちまったんだろうか?ドイツ・グラモフォンがあるせいで、似たようなドイツのレーベルかと思いきや、実は、日本のレーベルだったりする(ちなみに、ドイツ・グラモフォンも英HMVのドイツ支店みたいなもんが独立しただけ)。

詳しいことは、資料が見つからなくて判らないんだけど、東ドイツで大量の録音を残し、消え失せた(?)レーベル、エテルナの復刻用レーベル…と言う印象。エテルナはメロディアやスプラフォンと同じで、昔で言うところの東側の国のレーベルなわけだが、これらのレーベルって独占的にレコーディングを行っていたから、商業主義的なことを考えないで、面白い録音をたくさん残していた。んで、競争相手がいなかったから、録音の質にはあまり気が配られなかった。一長一短。その後、崩壊、消滅…したかどうか、消息は不明。

それで、復刻用レーベルがたくさん出来た(スプラフォンだけは今も健在なので、そう言う存在はない)。なにせ、録音は大量にしたが、CD化する商業力がないもんだから、色んなレーベルが群がってくるのだ。日本でも、ドイツ・シャルプラッテンがその事業に乗り出した…ってわけだ。ちなみに、輸入盤は殆どベルリン・クラシック。おいらも、最初の頃は、ベルリン・クラシックとドイツ・シャルプラッテンの関係が、良く判らないで戸惑っていた。

まぁ、そんなわけで、方々で、「スウィトナーがドイツ・シャルプラッテンに録音した…」とか、「ドイツ・シャルプラッテンにケーゲルが録音した…」とか、そんな表現を見るたびに「それは違うだろ!!」と突っ込みたくなるのである。ドイツ・シャルプラッテンは、言ってしまえば、ブリリアントと同じ立場なのだ、と。

あぁ、それで話を戻そう。どこいったんだ?ドイツ・シャルプラッテン。おいらの印象では、このレーベルの役割は終わったのかなぁ、って感じがする。エテルナ音源は輸入盤で買えれば十分だし。そもそも存在価値あったのか?

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ジェラルド・フィンジが好きだ。すんごく、すんごく、メランコリックで、ノスタルジックで、どこか陰のある美しさ!!良い曲ばかり。中でも、歌曲系のジャンルのものが良い。ハーディの詩に曲をつけたものが多いけど、いずれにしても、まず、題名からして惹かれる。

『花輪をささげよう』
『夏の前と後』
『大地と空気と雨』
『小道と踏み段を通って』
『幼少時の回想から受ける霊魂不滅の啓示』

などなど。タイトルを見た瞬間から、イメージがふわっと浮かんできて、「あー、聴いてみたい」と思わせる。ささやかで、日常的なんだけど、凄く浄化されていて、身近な感じがする。それが妙に魅力的―そんなイメージだ。それがタイトルのイメージを裏切らず、魅惑的なメロディで歌われる。

それほどメジャーな作曲家ではないが(イギリス近代では代表的作曲家)、なかでも有名でイチオシなのが、『花輪をささげよう』。フィンジの魅力をギュギュッと凝縮したような曲だ。物憂く、影を帯びて甘く切なく歌われる。上質なイギリス音楽を聴く喜びを感じさせてくれる。

歌曲と言えば、ドイツだけど、たまには、イギリス歌曲に身を委ねるのも良いもんだよ?

オススメのCDは、豪快だけど叙情性も豊かなターフェル。もっと、色々聴きたくなったら、NAXOSの英国歌曲シリーズが良い。さりげなく、エインズリーが参加しちゃったりなんかしている。主に歌っているロデリック・ウィリアムズも癖のない歌唱で聴きやすい。

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クラヲタにとって、オーストリアは、世界の首都あるいは聖地みたいなもんである。決して、国の標語が「コアラはいません!!」ではない。しかし、一歩、クラヲタから踏み出してみよう(そう、HMVのクラシック隔離部屋から踏み出すように)。そうすると評価はこうなる。→「でっかい岩はありません」(アンサイクロペディにリンク)

そうそう、幼いとき、こんな話もしていたような…。
「オーストリアって国知ってる?」
「オーストリアだろ?」
「違うよ。オーストリアだよ!!」
「そんな国ないよ」

結構悲しい…。しかし、冒頭に述べたようにクラヲタ・ワールドでは、オーストリアこそマイナーな存在である。グーセンスの尽力により、巨大なオペラ・ハウスを得たが、ムジーク・フェラインだよ?シュターツオーパーだよ?ウィーン・フィルだよ?ザルツブルク音楽祭だよ?モーツァルトだよ?と言われれば、全く分はない。しかも、グーセンス、エロ写真所有していた件で、捕まっちゃって引退しちゃうし…。どうしようもない。

そんなオーストリア音楽が、妙に気になる今日この頃。オペラ・ハウスと言うクラシックの殿堂みたいのがあるのに!!と言うわけで、先日はウィスペルウェイ&テイト、シドニー交響楽団のウォルトンのチェロ協奏曲を買ってみたりした。録音場所はもちろん、オペラ・ハウス。そのほかに、ブリギット・ニルソン&マッケラス、シドニー交響楽団によるオペラ・ハウス、オープニング・コンサートのDVDなんかもあるので、より深く追求することも出来る。まぁ、なんだ、オペラ・ハウスを本拠地にしているシドニー交響楽団がもっと頑張ればいいわけだ。

さて、今度は作曲家に眼を向けてみた。オーケストラとか、演奏家は、音楽新興国でも結構、ヨーロッパに対抗できないこともないんだけど、作曲家となると、伝統国のヨーロッパ諸国には、全く歯が立たない。まるで知らない。それほど頑張って探したわけじゃないけど。まぁ、いっか、別に。

と、思っていた矢先、NAXOSからクーネだか、コーンだか、コーネだか…読み方のいまいち定まらない作曲家のCDが出ているのを発見(Koehne)。オーケストラはもちろん、シドニー交響楽団。指揮者は、オーストリア出身の巨匠、マッケラスが腕をまくって出て行った…わけもなく、日本人の湯浅卓夫さん。早速買ってみた。

この作曲家のポリシーは「クラシックの系統に属する現代音楽には、ポピュラー音楽持っているような人を惹きつける魅力に欠けていることに問題意識を持ち、作曲活動を行っています」(ナクソスの紹介文より)とのこと。

早速聴いてみる。1曲目。「エレベーター・ミュージック」。エスカレーターじゃないんかい!!いずれにせよ、こういうものを題材にしちゃうあたり思いっきり、クーネの批判していた「クラシックの系統に属する現代音楽」っぽさ全開で怪しい感じがしてくる。ライヒとか…ね。

ところが、聴いてみると、前衛的でも実験的でもない。強烈なノリノリのリズムとバカ騒ぎ。ルンバだ。あんま聴いたことないけど、ヒナステラとかにありそうな気もする。ただ、妙に洗練された感じもあって、軽くバーンスタインちっくな雰囲気も漂う。もちろん、カンガルーもコアラも感じさせない。軽くシティ派。あ、でも、おいら的にはエレベータも全く感じなかった。高層ビルのエレベーターに流していても十分に違和感を感じさせる音楽だ。エレベーターって静かなんよ?

「発電所」(あ、曲の題名ね。念為)も同系統の音楽。「飛行中のエンターテイメント」はクーネのポリシーどおりポップ(※ルチアではない)な魅力の溢れる音楽。3曲からなる音楽だけど、特に印象に強いのは「西部劇」と題された2曲目。オーボエのわかりやすーいメロディにとろけることができる。アンドリュー・ロイド・ウェッバーなんかを少し思い出させる。うんうん、そうかそうか、ゲンダイ音楽にはこういうのが欠けていると言いたいんだな。大衆性って言うのかな?そういうの。

しかし、この作曲家が100年後にどうなっているかと言うと、多くの歴史に埋まった作曲家同様…なんだろな。久しぶりに良い作曲家に出会えたなぁ~、とは思うけど。

頑張れ、オージー!!

あ、ちなみに、このCD録音はオペラ・ハウスじゃなくてシドニー・タウン・ホール。市庁の中にあるホールだそうで、こちらの建物もなかなか有名らしい。


koehne.jpg






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「ハンサムな男って何でみんな同性愛者なのかしら!!」

とは、バーンスタイン(以下、レニーと略す)について、マリア・カラスが仰せられた迷言である。そうなのである。ハンサムな男はみんな、女性には興味がないのである。カラスが言うんだから間違いない。テレビに出ているあの人やこの人も…女性に興味がない。残念。ははは…(虚)。

ってのは、どうでもいいとして。あの有名な指揮者が、レニーの愛人だったと言う噂を聴いたことがある!!って言うのも、あまり興味がないので、どうでも良いこととして。つか、レニーって性別はどうでも良かったんじゃないか?と言う疑問もこの際、「博愛主義者なんだよ!!」ってことにしておいて。

マジな話。レニーのハイドン、叩き売りBOX、12枚で2,000円台…買ったのだ。中のジャケットが軽くバーンスタイン写真集になっているので、カラスの言うところの「ハンサムな男」も満喫できる。おいらは、ハンサムの基準がさっぱり判らない男なのでどうでもいいんだけど、指揮者として、サマになっているよなぁ~とは思う。ただし、CDケースとしてのつくりは酷すぎるので、覚悟はして置いた方が良い。そうは簡単に取り出されないんだからね!!安いからって、そうは簡単に聴かせてあげないんだから!!仕様。ムカついたらカッターで切ってしまおう。所詮、SCとは言え、ソニーだ。若しかすると、ソニータイマーも入っているかも。TDKのCD-Rにバックアップしておく必要があるかもしれない。

さて、内容だけれども、値段以上の価値はある…って言うのは、不遜すぎる評価。だってさ、CD1枚200円くらいよ?それ以下の価値しかない、なんてことあるわけない。レニーよ?熱い漢レニーだよ?しかも、それだけじゃない。萌えたい人のために、テレジア・ミサにルチア・ポップも参加しているサービスっぷり。ちなみに、ポップ・コレクターとしては、入手困難になっていた、レア・アイテムだったりする。多分、ブルーレイの成功で調子に乗ったソニーが、最近、売り始めたBlue-spec CDと言うただのCD-Rで2,500円で売っても売れたんじゃないかな(おいら限定)。

演奏は、ザックリ荒削りな感もあるかもしれないけど、超ノリノリで突っ走る。86番の終楽章なんか、快感の極み。難しいことを考え過ぎない、眉間に皺の寄らないクラシックの代表。ハイドンは退屈とか、シンプルすぎるとか、悩みたい人は、向いていない。この頃のレニーの方が、晩年のテンポの遅くなったレニーよりおいらは好き。これが1980年代のウィーン・フィルとの録音だったら、購入は1日遅れていたかも(持ってるけど)。

それにしても、この人、ハイドン好きだったんだなぁ~。ここに収められたものだけじゃなくて、ドイツ・グラモフォンにも録音しているから、相当な数だ。名演揃いなので、おいらたち、後年のリスナーにはありがたいことだ。

ところで、バーンスタインのハイドンと言えば、手塚治が題材にして短編の漫画を描いている。『雨のコンダクター』って作品だ。バーンスタインが反戦の意を込めて、教会で戦時のミサを演奏するってやつ。事実は良く知らないけど、バーンスタインらしいやね。戦時のミサは、この叩き売りボックスにも入っているので、漫画を読みつつ楽しむのも一興。ちなみに、この漫画、バーンスタインに対局的な立場の指揮者としてオーマンディが描かれているんだけど…顔で善悪分けすぎだよ…。


bernstein-haydn.jpg






 

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最近、と言うか、ここ数日、ブラームスがマイブームなんである。特に交響曲第3番。第3楽章の哀調漂う調べは殊更有名だけど、終楽章の弾けた感じが妙にツボに入ってしょうがないんである。最後はおとなしくなって、静かに終わるんだけど、まぁ、ホッとすると言うか、戦闘の後の祈りみたいな感じでこれまた一興だ。

で、クラヲタお得意の誰がいいかって話。家にあるこの曲を探し出して、聴いてみた。いや、まぁ、新たに買う気はしないし…

アバド&ベルリン・フィル
ハイティンク&ボストン響
ハイティンク&ロンドン響
クレンペラー&フィルハーモニア管
ドホナーニ&クリーヴランド管
ヴァント&北ドイツ放送響×2
ケンペ&ベルリン・フィル
フルトヴェングラー&ベルリン・フィル
アーノンクール&ベルリン・フィル
ヨッフム&ロンドン・フィル
クーベリック&バイエルン放送響
クナッパーツブッシュ&ウィーン・フィル
ショルティ&シカゴ響
バルビローリ&ウィーン・フィル
ワルター&コロンビア響
バーンスタイン&イスラエル・フィル…

要らないよねー。これ以上あってもしょうがないし!…あれ?カラヤンは?ケルテスは?ムーティは?…ってきりがない。同曲異盤の異常に多い曲である。要するに、録音をする演奏家からしてみたらやたらと競争率の高い曲だ。よほど惹かれるものがないとヲタもなかなか買ってくれない。

さて、どれが良いか。難しい問題である。

間違いなく良いのはアバドか。なんつっても、おいらが最初に買ったこの曲のCDだ。刷り込み盤ってやつ。ベルリン・フィルの輝かしい音色が存分に発揮されている上に活き活きしている。ケンペもベルリン・フィルで、これも凄いサウンドが楽しめるんだけど、やっぱアバドの方が新しいだけに録音いいからなぁ。

ワルター、フルトヴェングラーはさすが。なんだけど、最近、オーケストラのモノラル音源を聴く気がしなくて、フルトヴェングラーは敬遠気味。ワルターは意外と燃えていて、迫力がある。CBS音源だけど、音質もそんなに悪くないと思う。

クレンペラーはこういう曲でもスケール感のある演奏を展開して、んで、成功してしまう。『スコットランド』でもそうなんだけど、「クレンペラーの演奏で名演?」って思う曲が、案外に凄い結果になったりするから、クレンペラーはただの変態ではなかった。イギリスの楽団では、ヨッフムの演奏も良い。案外、ドイツな響きなんだよね、ロンドン・フィル。

とか、なんとか言って、一番聴くのは、ハイティンク&ボストン響だったりする。飛びぬけて凄いことやっていないように感じるんだけど、このテンポ、このサウンド…気弱にならない渋い味わい。凄くしっくりくる。欲求不満にもならず、頭に血も上らず。理想的な交響曲を築き上げている。

ちなみに、ジャケットはWordで作った(ウソ…いや、そうかも)。


haitink-brahms3.jpg






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